熱海の「ホテルニューアカオ」(熱海市熱海)の代表取締役会長にこのほど、寺田倉庫(東京都品川区)の前代表取締役社長兼CEOで天王洲エリアの開発などを手掛けた中野善壽さんが就任した。
中野さんは3月から同社の取締役議長を務め、8月11日付けで代表取締役会長に就いた。同社3代目の赤尾宣長社長はそのまま社長職を続け、経験豊富な中野さんが舵を取りながら経営再建に臨む。
同社は宿泊施設のほか、約70万平方メートルの広大な敷地に観光庭園「アカオハーブ&ローズガーデン」や「アカオビーチリゾート」などのリゾート施設を擁する。相模湾を見下ろす景色やSNS映えするフォトスポットが人気で、最近は若い層の観光客を取り込むことに成功している。会長就任の狙いについて、中野さんは「当社は所有する70万平方メートルのうち10万平方メートル程度の土地しか使っておらず、資源を有効活用できていない。当社の前面の国道は年間約300万台の車が通過しているが生かされていない。ポテンシャルを生かせていないのは熱海自体にも言える。熱海全体の付加価値を上げていく役割を担いたい」と話す。
赤尾社長と知り合ったきっかけは共通の知人を介してだった。東京から新幹線で40分弱のアクセス性の良さ、温泉や豊かな自然環境などを持つ熱海の可能性は十分に感じていた中野さんだったが、同社の経営について赤尾社長から聞き、「これではうまくいかない。一度は断った」と言う。それでも中野さんは「このタイミングで歴史ある熱海から話があったことは何かしらの縁。今回の仕事は自分にとって『修養』だと位置付け、熱海のために役割を受けることにした。熱海が良くなれば、結果アカオも良くなる」と、大役を引き受けた。
中野さんは、1944(昭和19)年生まれの76歳。2011年から2019年まで寺田倉庫の社長兼CEOを務めた。寺田倉庫の経営改革と合わせて、本社がある天王洲エリアの再開発を手掛け、芸術文化の発信地として再生させた。天王洲エリアの価値を高め、寺田倉庫の企業価値も飛躍的に向上した。
熱海と天王洲では地理的要因は異なるが、熱海は日本全国を取ってみても、これほど魅力的な土地は他にはないと中野さんは言う。「熱海には海やビーチがあり、周辺には箱根・富士山がある。ただそのポテンシャルを生かせていない。従来の観光だけでは不十分で、熱海の土地の価値を上げるために、どのように付加価値を高めていけるかが大切」と話す。
その手始めとして位置付けるプロジェクトが3月にスタートした熱海を舞台にしたアートプロジェクト「PROJECT ATAMI」。年間20組のさまざまなアーティストに同ホテルの客室を2カ月間提供し、その間に熱海の自然や人からインスピレーションを受けて創作活動に生かす滞在型アートプロジェクトだ。11月16日からは、公募で選ばれた30組のアーティストと、既に滞在制作している20組のアーティストの計50組が市内各所で壁画や作品の展示を行う「第1回ATAMI ART GRANT」を繰り広げる。熱海の魅力をアートの視点で再発見するためのプロジェクトと位置付け、中野さんが代表理事を務める東方文化支援財団が支援する。
既に「PROJECT ATAMI」に参加したアーティストの作品は同ホテル内で公開しており、観光客や市民らがアーティストと触れ合いながら作品を鑑賞することができる。
ただこれは中野さんが描くビジョンの始まりに過ぎず、その先には「熱海を世界からアーティストを支援するパトロン(富裕層)が集まる街にする」というプランがあるという。富裕層が集まる要素は熱海にはあり、文化的教養の高い海外からの観光客を呼び込むために、各所が役割分担して再構築いく必要性を説く。
「例えば、富裕層が利用するヘリポートの整備には静岡空港が役割を果たす必要があり、彼らが満足するようなクオリティーの高いレストランも必要となる。長期滞在してもらうためのアクティビティーの充実も欠かせない。大きな構想を、役割分担して実行していくことで、熱海は日本の象徴的な場所になり得る」と力を込める。
「そのような街には東京から移り住みたい人も増える。ただ現状では熱海は暮らしにくい街。感度が高い人が好むようなレストランやカフェ、ギャラリー、クオリティーの高いスーパーなど、都内に住む人が熱海で満足できる場所を作っていく必要性もある。熱海が抱える空き家や老朽化したマンションをリノベーションし、アーティストが住むメゾネット型のアトリエを作ることもできる」と意気込む。現在の熱海市の人口は約3万5000人。減少が続くと想定されているが、中野さんは「4万人に増えることも現実的に可能」と言う。
経験と実績豊富な中野さんが同社会長に就任したことについて、熱海市内の事業者からは期待の声が上がっている。そのことについて、中野さんは「期待してもらうことは結構なこと。お互い協力し合って、熱海全体の価値をさらに高めていける活動ができたら」と話す。現在は新型コロナウイルス感染拡大の影響で見合わせているが、「熱海市民と語る会」を開いて熱海市民3000人を目標に対話を行い、熱海のビジョンを共有する場を作っている。
今後について、中野さんは「何十年先の夢の話をしているのではなく、数年という単位でものを見ている。大きな構想を役割分担していくことで、早くパワフルに実現することできる。この景色を見れば、人間が人間らしく住むことができるところだと分かるはず。熱海のために役割を果たしたい」と意気込みを見せる。