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【熱海・スナックと私 vol.1】 「釜鶴」社長・二見一輝瑠さん(前編:スナック「キュウティー」)

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 特集「熱海・スナックと私」では、市内の経営者にお薦めのスナックを紹介してもらいながら、これまでの人生やこれからの経営ビジョンなどを伺います。聞き手は、熱海経済新聞副編集長でボイストレーナー「たーなー先生」としても活動する田中直人です。

 1回目の今回は、江戸時代から150年以上続く老舗干物店「釜鶴」5代目の二見一輝瑠(ひかる)さんです。1978(昭和53)年生まれで、現在46歳。熱海商工会議所青年部会長、熱海市観光協会理事、熱海富士後援会事務局長などを務める二見さん。家族との思い出やこれまでの歩み、会社経営、今後の熱海についてなど、気になる話を伺いました。

――1軒目に選んだスナック「キュウティー」について、魅力などを教えてください。

二見 よく来るようになったのは20歳過ぎたくらいなので22、23年前だと思います。店の魅力はママが「空気を読んでくれること」。全然気を使わなくてもよくて、熱海のスナックの中では、個人的に一番入りやすい店です。ママの息子さんとも1つ違いです。

釜鶴5代目の二見さん(左)と聞き手の田中(右)

――二見さんの子どもの頃の話を聞かせてください。

二見 三兄弟の一番下として生まれました。生まれ育ったのは今も昔も変わらず、店舗の上の階に住んでいます。

バブル前から熱海の景気は良かったですね。銀座通り商店街や浜町は、週末は歩行者天国になっていました。住んでいる子どもも多かったので、土日は周辺の子どもたちが集まってケイドロなどをして遊んでいました。

店の営業時間も今より長く、朝7時に店を開けて、夜は22時まで営業していました。お客さまがいれば23時くらいまで開けている時もありました。その頃は今よりも土産の需要がありました。熱海旅行に行くときに近所の人がお金をくれて、そのお返しに土産物を買って帰るという風習もあったようです。

店の手伝いは全くしなかったですね。店の社員たちが住み込みをする時代でした。景気が良くなるに連れて、住み込みの人たちは自分で家を買ったり、結婚したりして出ていきました。

150年以上の歴史がある「釜鶴」

――バブル崩壊によって変化はありましたか。

二見 バブル崩壊は中学生の頃でした。小学生の時は、旅館やホテルの同級生はみんな羽振りが良かったですね。ビックリマンチョコを箱買いしていました。

バブルが終わっても、生活が変わった感じはしませんでした。子どもだったので実感がなかったのかもしれません。そもそも観光地なので、学校が休みの土日にどこか旅行に連れて行ってもらえたわけでもありません。家族のお金の使い方がバブル崩壊で変わった印象はありません。

――小学生の時の思い出はありますか。

二見 小学6年の時に児童会長をやっていました。父がPTA会長だったので、卒業式で記念品を父から受け取るというおかしな役割でした。父が地元でさまざまな役職に就いていました。そういう父を見ていたので、リーダーシップに憧れるところは当時からあったのかもしれません。

熱海は昔から旅館やホテルの人たちが街を引っ張っていましたが、商店の人たちも主張が強かったという印象があります。熱海の商人は憧れの存在でした。

「キュウティー」のつまみと酒

――3代目だったおじいちゃん、おばあちゃんについてはどのような印象でしたか。

二見 おじいちゃんは昔の「旦那」という強さがあって、とてもわがままだったような人です。あまり仕事をしない人だと言われていました。昼くらいに起きて店にやって来て、干物をひっくり返してまた家に戻っていくような。でも、人をかわいがるのが好きで、家で飲むよりは人と外で飲んでばかりいました。

おばあちゃんは店の看板として、いつも店に出ていました。あの人がいなければ店は成り立たなかったと言われます。

――中学、高校の頃はどんな感じの少年でしたか。

二見 中学からは沼津の中高一貫校に通い、部活は6年間バスケをしていました。まだ体罰がある時代で、椅子が飛んできたり、ビンタされたり、水を飲ませてくれなかったりというのが当たり前でした。2回ほど坊主にさせられました。同級生は結構辞めていきましたが、私はバスケが好きだったので辞めませんでした。我慢強い方だと思います。彼女は中学から高校までいました。

――ここまでありがとうございました。では続きは次の店で伺いましょう。次回、中編では二見さんの学生時代から社会人の頃の話を伺います。

糸川沿いにたたずむスナック「キュウティー」

二見さんお薦めのスナック「キュウティー」

開業年 1995(平成7)年5月

ママ 石渡代里子さん

席数 カウンター6席、テーブル6席

営業時間 19時~24時

定休日 日曜

住所 熱海市中央町10-2

電話 0557-82-1040

ママの石渡さんは兵庫県出身。結婚を機に熱海に来て、当初はこぢんまりとお好み焼き店を7年ほど経営していました。友人と通っていたスナックのママから、スナックをやったらどうかと物件を紹介されたことをきっかけにスナック「キュウティー」を開店。開業から30年、地元の常連客が通う店になっています。

 

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聞き手:田中直人

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